March 12, 2006

花粉症外伝-両鼻腔粘膜焼灼熱術始末記5 そしてギター等

 3月6日で両鼻腔粘膜焼灼熱術をやって3週間経った。そして明日で4週間だ。
 先週までは週に2回医者に行っていたのだが、どうもあの医者は瘡蓋を剥がすのが好きらしくまだ剥がれそうにない瘡蓋を力尽くで剥がす、その後は暫く出血が続く、と云うのが毎度のことで、嫌になり、今週から1回しか行かないことにした。

 3月10日、この日は今は亡き名優・渥美清氏の誕生日でもあり、松田聖子、熊谷真美、藤谷美和子、藤井隆、山田花子、ソニン、つぶやきシロー、そして古くはサラサーテ、御木本幸吉、ETC.etc.・・・・の誕生日でもあり嘗ては日本帝国陸軍記念日でそこで陸軍の面目を潰すべく行われた東京大空襲の日でもある。そして将亦惑星直列も有り、アレキサンドリア遷都も行われ、昨年亡くなった義父の誕生日でもあり、何を隠そう私の誕生日でもある。我が家では3月10日は、酒飲みが生まれる日と信じられている。
 大変無駄に長くなったが、その3月10日に医者に行って来た。
 そして例によって医者は私の鼻腔内から大量の瘡蓋、血の凝固した物などを取り出した。然しこれ以来調子が良い。左右というわけにはいかないが、左の鼻は見事に通り、我が人生に於いて最も鼻通りの良い日々が続いている、但し左だけである。実は片方だけならこれ位の鼻通りはなかったわけではない、と思う。多分片方ならば辛うじてこの位通ったこともある、と思う。
 この3月10日小生47歳の誕生日を境に生まれ変わったのだ。鼻の通らない男から片鼻の通るいい男である。あと少し待てばきっと右の鼻も通るに違いない。先週までの「出血は何時止まるのか?」「俺は鼻血が止まらずに死んでしまうのか?」と云った暗雲立ち込める暗澹たる気持ちが大分晴れてきた。私の中で晴々とした気持ちが芽生え、「たそがれ清兵衛」の読後の様に爽やかになりつつある。後は右だ!右さえ通れば紛れもない「鼻の通ったいい男」になれるのだ。暫し待たれよ、だね。

 さて鼻が通った処で花粉症が治ったわけではない。鼻づまりの要因を除去、軽減したに過ぎない。医者からも言われたように体質までは変わらない。術後も花粉の多い日にはちゃんと(?)目も痒いし、鼻水も出るし、嚔もする。医者によれば「マスクはしなければいけない」とのことだ。体質が変わった訳ではない以上花粉を吸わない方が良いに決まっている。鼻通りが良いからと安心して花粉を吸っていると下鼻甲介の粘膜は両鼻腔粘膜焼灼熱術前と同じ状態に戻るのも早いとのことであった。花粉を吸わない方が粘膜の状態は長持ちする訳だ。もう金輪際こんな手術は嫌なので長持ちさせたい。
 そこで今年は、鼻の中を洗うための道具を買った。「ハナクリーンEX」である。一昨日から使用しているが、確かに調子が良い。朝晩2回の使用後は、鼻の中が爽やかである。術後経過が好転したのと相まって、やっと苦しくて目が覚めることが無くなった。有難い!風邪の予防にうがいを薦められるが、此方の方がより効果的らしい。喉だけでなく、鼻から喉にかけての花粉・埃・病原菌を洗い流してくれるのだから、さもありなん、とも思う。知り合いに鼻炎の方が居て、その方は医者から薦められて毎日、生成食塩水で鼻を洗っているそうだ。生成食塩水を人肌に温めて、鼻から吸って吐き出すやり方である。この方は花粉症ではなくその他の物に対するアレルギー性で1年中鼻炎の状態が続くそうだ。シーズンオフがないので私達よりも大変である。然し鼻を洗うようになってから調子は良いし、風邪も引かなくなったとの事である。
 私も数年前のシーズンにやったことがあるがこれは効く!然し暫くやらないとコツを忘れて、やれなくなってしまう。失敗すると鼻の奥が痛い、プールや海で鼻から水を飲んだときの痛さである。
 これを比較的簡単にやれるようになるのが「ハナクリーンEX」である。これでもう「一年中鼻の通るいい男」だ!


 さて話は変わって久し振りに一寸ギターの話である。
 ギターの弦はよく換えるのだが、今回初めてYD-404にD'AddarioのEJ-17を張ってみた。今迄私はライトまでしか使ったことはなかったが初めてミディアムに挑戦である。私の軟弱な指は耐えられるのであろうか?昨日、1時間ほど弾いてみたがまあ何とか成りそうではあるが、矢張り痛い。元々下手だがハンマリングオンやプリングオフは、余計にやりにくい。バレーコードも少々辛い。然し暫く使ってみようと思う。指力を鍛えるのだ!指力を鍛えればもっと軽く弾けるようになる!と思うんだけどなあ〜。

 先月は、当てがない訳ではないが資金を顧みずヤフオクで競った。それも2回。そして負けた!まあ資金を顧みていないのだから負けて良かった気もするが、矢張り悔しい!物はYF-201YD-302、共にオールドS.Yairiである。
 安物、と云えば安物だがYF-201は仲々出てこないし、第一もっと安いYF-200が侮れないギターなので此奴も侮れないであろう、と思う。YF-201は、本当に欲しくていつかは手に入れたいと思っている。
 YD-302は、型番だけ見れば何を今更、と思うが、あにはからんや商品詳細情報によれば昭和45年又はそれ以前の製品と思われた。70年代半ば以後の物とは一寸違うのである、と思うのである。「最終フレット型番・印字茶 3Pハカランダバック べっ甲セル ネックバインディグ無し」の条件を満たしているようなのだ。どうも色んな情報を鑑みるととても出来の良いギターである可能性が高いように思われる。一度手にしてみたい物だ。
 然し両方とも競り負けた!嗚呼悔しい!

|

March 03, 2006

花粉症外伝-両鼻腔粘膜焼灼熱術始末記4

 今日も今日とて鼻が詰まって寝られない。ああどうして良くならないんだろう?

 全く困ったもんだ!鼻の通りは昨年度比5%位しか改善されていない。未だ傷が完治していない所為だ。完治は疎か全く傷が回復へ向かっているとさえ思えない。鼻を嚼むと血だらけである。最近は薬も良くなってきているので寝る前だけ鼻炎薬を飲んで寝た方が間違いなく楽な状況である。鼻炎のアレルギー反応とは少し違うので昼間マスクをしていても、結構鼻は詰まる。鼻を嚼んだ後、何回かに一度は夢の爽快感が訪れるが、それは束の間の夢である。第一鼻の中が少々痛い。夢の鼻通り、憧れの鼻通り、夢の爽快感、夢のストレス無き呼吸は何時私の元へやってくるのだろうか?

 今是を書いているのは午前3時44分、苦しくて目が覚めた。先週風邪を引いて仕舞ってから酷くて、寝られないか、苦しくて目覚めるかだ。お陰様ですっかり寝不足。通勤中の読書も捗らないこと夥しい。勿論仕事中も眠い!来週の月曜日で手術から3週間。術後3週間位は鼻詰まりがあるらしいが、今だ癒える様子無し!風邪の所為かもしれないが寧ろ出血は増えている。鼻を嚼むと殆ど血許りではないかとさえ思えるときもある。全く何と言うことであろうか。「今年は、今シーズンは楽してやるぜ。へっへっへ」と謂った目論見は脆く潰えてしまったようだ。嗚呼南無三!

 嗚呼三月・弥生・桃の節句、哀れ春風よ、情有らば伝えてよ、男有り、今日も夜中にひとり、鼻を詰まらせ、目を覚ますと。

 然し冷え込むなあ〜。

|

February 20, 2006

花粉症外伝-両鼻腔粘膜焼灼熱術始末記3

 レーザーで焼いて丁度一週間たった。
 先週の金曜日そして今日と2度病院に行って鼻の様子を見て貰い、処置をして貰った。
 やったことは、2回ともほぼ同じで鼻の中を見て鼻水、死んだ粘膜、瘡蓋をバキュームする若しくはピンセットで摘んでの除去、その後薬を塗るである。金曜日よりも今日の方が粘膜は少なく瘡蓋は多い。当然である。そして今日、右の鼻の奥から粘膜と瘡蓋を取ったら画期的に鼻が通った!左は瘡蓋がしっかり張り付いていて取れなかったので今一である。然し未だ完全に治ったと謂う訳ではないので、鼻水は出るが、一時にしろこの季節にこの鼻の通りは画期的、感動的である。傷が完治したときが大変楽しみである。我が人生に於いて初めての経験であろう爽快な鼻の通りを経験できそうだ、而も春に!

 苦労というか、痛い思いが報われるであろう期待が高まっている今日この頃である。然し二度とあんな手術はするもんか!

 今朝病院から帰ったらテレビで花粉症特集をやっていて、あんな痛い思いをしなくても良い治療方法が開発されたらしい。何と麻酔なし!で、私がレーザーで焼いた下鼻甲介の粘膜に何かの薬を塗るだけで良いらしい。手術はしたが、マスクは放さず、花粉防御眼鏡も放さず、出来る限り良い状態を引き延ばしてもっと楽で良い治療方法が開発されるのを待とうと思う。

|

February 14, 2006

花粉症外伝-両鼻腔粘膜焼灼熱術始末記2

 昨日の術後、血(特に切った右の鼻茸辺りから)が仲々止まらなかったが、今朝は大分薄くなった。まだ鼻水のように時々垂れてくるが大したことはない。

 さて昨日、麻酔が切れてきてからは一寸鼻腔奥に痛みというか違和感があった。その痛みは花粉症の真っ只中、鼻を嚼みすぎて鼻腔奥の粘膜が炎症を起こしているが如くである。花粉症の方ならご存じだと思うが結構ひりひりする。然しシーズン中ずっとその思いをするよりは短い時間で済ませた方が良いに決まっている、そうなるはずだ。
 
 今朝はもう割と落ち着いていてそれ程でもない。但しうっすら血を滲ませた鼻水は結構出るし、鼻詰まり感は若干有る。然しこの程度は大したことはない。これから4・5日は大変らしい。焼き殺した粘膜が4・5日するとゼリーのような状態でズルッと落ちてくるらしい。そうなればもう安心、と云う訳ではない、一応メインは終わりだ。あとは粘膜が再生してくるのを待つばかりである。その間約3週間時々耳鼻科に行って瘡蓋を取ったりして消毒やなんかでキレイにすれば、スッキリ爽やかになる、筈だ。

|

February 13, 2006

両鼻腔粘膜焼灼熱術始末記

 これが今日やった手術の正式名称らしい“両鼻腔粘膜焼灼熱術”まあそのままと云えばそのままだ。

 13:30病院耳鼻科にて受付
    体温、血圧測定、抗生剤に対するアレルギーの有る無しを
    アンケート調査。
    病院の処置服に着替え。
 13:50点滴を入れる(手術終了までそのまま)
    ここで点滴をしたまま、手術の説明を受け、承諾書にサイン
    をする。(脱いだコートの中に印鑑を入れたままにしてきたの
    で承諾書の印は拇印で済ます。然し処置服に着替えて印鑑
    を持ってくる奴はいないと思うぞ。先に説明して承諾書に印鑑
    を押させるべきだと思う。)
    鼻の中に麻酔剤を染み込ませたガーゼを詰める。
    (全く関係ないが紗幕の事をドイツでは“ガーゼ”と云う)
 14:00手術室へ入る。
    手術開始。
    麻酔は程よく効いていたようで割とスムーズに粘膜は焼かれ
    ていった。左から始め、左の手前の麻酔が良く効いた所が終
    わったら、麻酔の効きが薄い奥に麻酔を染み込ませたガーゼ
    を入れて、右の処置に移った。

    焼く粘膜は下鼻甲介という部分の腫れた粘膜でこれを焼いて
    正常な粘膜に生え変わらせるのが目的である。

    順調に行くと思われたがそうは問屋が卸さない。
    私の右の鼻の骨、下鼻甲介の骨の形が悪くレーザーの先や
    内視鏡が入らないのでよく見えない、との事。この骨を折るこ
    とになった。骨を折るのは今回の手術を担当するという大変な
    お骨折りをして頂いている、主治医から前もってご説明して頂
    いていたので、私も了解の上で折る事になった。(麻酔は鼻の
    中だけなので先生と会話は出来る−最も麻酔が効いてくると
    上顎全体に広がり、終わり頃には下顎にまで効いていた)
    この骨を折るというのが大変な骨折りだったのだ(洒落を言っ
    てる場合ではない)。私は骨粗鬆症とは無縁の人間らしく骨が
    硬い!これがもう半端でなく硬い!骨を掴んで折ろうとするの
    だが仲々折れない。麻酔が効いているので痛くはないが、骨
    を折ろうと引っ張ったり捻ったりすると顔がついていってしま
    う。仲々折れない、やっとの事で鈍いグジャと云う音共に折れ
    たというか潰れて骨の向きは変わったようだ。これで鼻の穴
    の中は拡がって手術は続けられることになった。
    そこで左にも小さなのがあったのだが、右には結構大きな
    鼻茸が見つかった。これを相談の上切る事にした。
    こうして右の手前側を終え、麻酔を奥に詰めて左の奥を処置
    する。ここで又もや骨が邪魔になる。左も同じく折る事にした。
    これも仲々折れず、状況は同じである。
    そんなこんなで手術は、途中『熱いーーー!』の私の言葉を
    時々挟みながら、最初6Wで始まったレーザーの強さも途中
    で仲々焼けないので9Wにパワーアップして進んだ。

    手術終了。看護師さんが車いすで迎えに来てくれる。生まれ
    て初めて車椅子で搬送して貰う。如何にも病人らしくて何とな
    く気分が良い。(この時は未だ麻酔が効いているし、やっと終
    わったという気持ちの方が強かった)。
    手術終了直後の主治医の一言『ああ大変だったー』

    耳鼻科の診察室に戻って切り取った鼻茸を見せて貰い簡単
    な説明を聞いて、終わり。着替えて良いという事で着替えた。

 16:05着替え終了。
    長い手術であった。約2時間かかった。
    これでお金を払って、妻に迎えに着て貰って帰宅。

 手術中の感想としては「熱い!」そして「暑い!」鼻の入り口を火傷をする場合があるらしいが、確かにレーザーの先はとても暑くなっているので触ると暑い!先生は「謎だろう?」と不思議がっていたので触ってはいなかったようだが時折無茶苦茶に暑い物が鼻の入り口にあたった。ここは麻酔が効いていないらしい、それも不思議。
 手術中は身体の上に結構色々な物が被せられている、これがとても暑い。サウナのようであった。術後車椅子で搬送される間汗が冷えて寒かった。下着はビッショリと濡れていた。
 後はまあ「焦げ臭い!」ですね。とある小学生は「天津甘栗の匂い」と行ったが私には「アセチレンガスの匂い」だと思った。因みに術後6時間経った今も少々臭い。そして若干出血も続いている。

 結構疲れた!そして仲々辛い手術であった。これだけ辛い思いをしたんだから、今年、と云わず来年も再来年も鼻の通る爽やかな日々を送りたい物である。ハッキリ言ってもう遣りたくありません!

|

February 07, 2006

レーザーで 焼いてみようか 鼻の奥

 前々からどうしようかな、と思ってはいたんだが今年遂にやってみることに決めた。
 花粉症というか鼻づまり対策の為のレーザー手術である。午後から出掛けてチョイとレーザーで焼いてサッと帰ってきてしまう、と云う位簡単な物らしい。本当だろうか?遣ってみるまでは判らない。

 で何時やろうか?それを決めに今日、病院に行ってきた。来週の月曜日、13日と決まった。この日を境に、レーザーに焼かれたことのない男からレーザーで焼かれた過去を持つ男へと私は進化するのである(これが進化か?焦げ臭い?)。
 今日はお日取りを決めに行っただけなのでサッと終わるのかと思ったらあに図らんや、1時間以上掛かった!日取りが決まったとなればその前にするべき事は済ませておかなければならない。まあ当たり前だが、そんなにやることがあるとは思わなかった。尿検査、胸部レントゲン、心電図、その他に耳たぶを針で突いて血が止まるまでの時間を計ったり、鼻の通りを左右それぞれにを検査したり、血液採取や血圧測定等々結構やることは多い。最もチョイと鼻の奥の粘膜を焼くだけなので遺言は書かなくて良いらしい。まあ死んだ所で大した財産がある訳でもないし、相続人も妻位しか居ないので揉めることもあるまい。死ぬ事はないと思うけど。無いはずだ、無いよね、お釈迦様!

 今日のトピックス
○レントゲン
 検査用紙を持って、放射線科に行き、窓口に提出。この窓口が放射線科の入り口廊下の右側にある。「5番の前でお待ち下さい」と云われ、廊下突き当たり左側にある5番の前で待つ。暫くして5番のドアが開き、呼ばれた。アレー、検査用紙はどうしたの?私が待っていた廊下を通らないといけない筈なんだけどなあ?中に入って壁をよく見たが私が呼ばれ、入ったドア以外に人が通れるような処はない。まあ良い、これくらいは電話でも何でも出来る。良しとしよう。然し次だ!「inuさん、お待たせしましたー。これを持って耳鼻科に戻って下さい」??????私の胸部のレントゲン写真を持った看護師さんが放射線科の受付窓口の方から来た!?誰も通ってないのに、何時私のレントゲン写真は廊下を通って対角線上最も遠い部屋へ行き現像されたのか???謎である。レントゲン写真を撮り終わった時確かに、レントゲン技師は私の胸部レントゲンの写ったフィルムが入っていると思われる大きな板状の物をレントゲン室の所定の棚に置いた。私は見たので知っている。間違いない。それが何時?此方から彼方へとテレポーテーションしたというのか?ハテ面妖な?南蛮渡来、バテレンの妖術か?将亦飛騨の影一族の忍術か?

○鼻の通りの検査
 片方の鼻の穴に栓をして、ガスマスクのような物で口と鼻を覆い、栓をしてない方の鼻だけで大きく呼吸をする。当たり前だがこれを両方の鼻で検査する。何と言うことのない検査だが、私はその時右の鼻が若干詰まり気味だった。先に検査した右鼻穴の詰まり具合は、検査をしている女性の予想の範囲を大いに逸脱していたらしく、彼女は「おかしいなあ?」と訝っていた。ちゃんと測れなかったらしい。機械の調子が悪いとも思ったらしい。ちゃんとした結果が出たような出ないような感じの儘、左側を検査した。機械は壊れていなかった。普通に働いていた。右が以上に詰まっていただけである。
 あとで医師が言うには、検査結果は一次方程式のグラフのようになるのが普通だが、私の右側の鼻穴の方程式は概ね y=0x となりX軸に纏わり付くばかりで何だかよく判らない結果となっていた。左側は y=0.05x 位でまあ何とか一応一次方程式のグラフらしくなっていた。私としては薬が効いていることもあり、左鼻の通りが大変良かったので、そうかそうか、と思ったが普通の人は y=x 位だそうで、大変鼻の通りの良い方などは何と3次方程式 y=x3乗 となっているそうである。どの位鼻の通りが良いのか死ぬまでに一度体験してみたい物である。

○血が止まるまでの時間
 耳朶を針でチョイと穴を開け、血が止まるまでの時間をストップウォッチで計る。当たり前と云えば当たり前だが、他に図る方法を私は勿論知らないし、他の計り方など思い浮かぶはずもないのでそうだろうけど、何となくこの検査は現代病院に於ける過疎地というか、狭間というか、取り残された最後の秘境というか、古めかしさのある検査であった。


さて来週はレーザー手術の顛末を報告致します。乞うご期待!

|