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February 28, 2006

如月晦日

 本日で2月も終わり、明日から3月・弥生だというのに寒い。
 2月は28日までしかない、まあ長いときだって閏年の29日だ。定期券を買うと一寸損だ。1・3・5・7・8・12月は31日有って少しお得。どうして定期券は日数ではなく一ヶ月という定数のようでありながらその実月々で変動する不定数を一単位としているんだろう?謎と謂えば謎だ。判りやすいと言えば判りやすいが、2月になるとこの疑問が私の頭に浮かんでくる。
 どこかに31日・93日・186日区切りで定期を売っている電車・バス会社はないのだろうか?

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February 23, 2006

第3回音響技術者のための邦楽セミナー

 一昨日、名古屋市音楽プラザで第3回音響技術者のための邦楽セミナーが開催された。有限責任中間法人日本音響家協会中部支部の主催であった。私は、受講生ではなく今年も講師を務めた。実に拙い講師で受講生の方々には申し訳ないと反省しつつ今年で3回目であった。もう少し面白く、スムーズにそしてより有意義なセミナーにしたいが講師を務めるなどと云う機会はないので仲々進歩しない。申し訳ない。

 第1回「箏曲」、第2回「舞踊の地方としての長唄」とやってきて、今回は「民謡」を題材として取り上げた。
 民謡の講師として藤栄会会主・内藤流家元の内藤千賀弘先生にお越し頂いた。内藤先生は話しも面白く、運びも上手く大変素晴らしい講師であった。内藤先生有り難う御座いました。
 一口に民謡と云っても南から北、西から東、そして屋内屋外、遊び、仕事、儀式など様々である。深くまともに取り上げると何処までやっても終わらないのでそこはまあ掻い摘んでやった。
 主催者サイドとしてはもっと民謡の生い立ちや歴史、伝播の経路や時代なども伺いたかったが、時間の関係でさらりと流していただいた。
 音響家として知りたい事遣りたい事をやる事を目標にして、内藤先生のお話を伺いながら、実際に三味線、尺八、そして唄を演奏していただいてマイクの種類を換えてみたり、置き位置(マイクの狙い)を換えてみたりしていい音、受講生(音響家)が良いと思う音と演奏家(この場合は内藤先生)の好む音を探ったり、リヴァーブを掛けるべき唄の種類、掛け具合なども探った。
 取り留めのない進行であったようにも思うが、恰好やりたい事は出来たのではないか、少なくとも6割くらいは何とかなった、と思う。時間的にまああの位ではないかと思う。役に立つようなセミナーではなかった!と云われればそれまでだが、役に立つかどうかは受講生の方々の生かし方次第とも思うので、少しくらいは役に立てて頂けると嬉しい。


 

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February 20, 2006

マーサ・グラハムそして京都

 昨日、京都へ行ってきた。目的は“A.A.P.第2回舞踊公演「温故知新」〜マーサ・グラハム メソッドを識る・観る・学ぶDanceConcert”を観る事。そしてこの公演の為に来日(帰国?)している折原美樹さんに会う為である。
 彼女にはニューヨークへ研修に行く時そして行っている間に大変お世話になった。私は12月にこの公演のリハーサルの為に来日(帰国)した時にも少し会ったが、妻は2002年の9月にニューヨークで会って以来である。

 さてProgram順に従って感想を少々書こうと思う。あくまで私の勝手な感想なので何方様も余り気になさらないようにして頂きたい。

Part1 望月則彦振付「祈りの人」〜グラハム讃歌〜
 少々退屈であった。もっと短くしても良いのではないかと思った。
 そして何より私を苛立たせたのは「音」であった。デカイ!大き過
 ぎる!もっと全体の音量は抑えるべきだとおもう。そして抑えるべ
 き処は、もっともっとぐうーと抑えるべきだ例えばシーンによっては
 15dB位は抑えるべきだと思う。
 ハッキリ言わせていただいてダンサーの力量があの音量に付い
 て行けず、Danceよりも前に音楽が出てしまい情緒もメッセージ
 も掻き消されていたように感じた。ダンサーのパワーを考えて音
 のレベルを決めるべきだと思う。

Part2
 1.グラハムを識る・学ぶ 
   フィルムコンサート、レクチャーコンサート
  「グラハムの作品をグラハム舞踊団メンバーである折原美樹さ
   んがコメンテーターとしてバレエからモダンまでの舞踊の歴史
  を紐解く。そしてグラハムの生涯とA.A.P.メンバーによるテクニッ
  クのデモンストレーション」である。
   これは面白かった。貴重なフィルムなどを観つつ、グラハムの
  理論を伺った。私はこういう話が好きなのでとっても面白かった。

 2.グラハムを観る
  「CELEBRATION」
  望月作品ほどではないが矢張り少々音が大きい。
  音が大きいという場合、色々あるが今回に限って謂えば
  「ダンサーのパワーを考慮して音量を設定すべきであろう。」と
  云うことだ。ダンサーが音量について行けてない。このダンス
  が表現すべき「歓喜」が霞んでいたと思う。

  「SATYRIC FESTIVAL SONG」
  これはソロの作品で折原さんが踊った。楽しく観られたし、面白
  かった。

  「STEPS IN THE STREET Excerpt from CHRONICLE」
  作品としては最も面白かった。この作品でも若干ダンサーのパ
  ワー不足を感じたが、楽しめた。内容的には暗く重いものだが
  作品としては面白かった。


 マーサ・グラハムの作品を見るのは今回が初めてである。三ヶ月もニューヨークに居た時には見ることが出来なかった。著作権の裁判の真っ最中で作品を上演することが当時出来なかったのだ。今はその裁判もグラハムのカンパニーが勝利して。再び上演できるようになった。有り難いことだ。どんな物でもそうだと思うが、古典を学ぶことは大事だ。ましてモダンダンスの母“マーサ・グラハム”の作品を見られるのは嬉しい。こういう機会を作ってくれた京都文化財団府民ホールと望月先生に感謝したい。
 現代とはもうかけ離れてしまい、古臭い物になってしまっているかも知れないが、古典を現代に甦らせるとそこに何か発見があるかも知れない。小さな物でも何かが見付かればそれで良いと思う。
 音響スタッフとダンサーの方々には少々きついことを書いたようだが悪意はないので笑って許していただきたい。
 又何時か足を運びたいと思う。今度は何が観られるか楽しみだ。

 さて15:00の開演に合わせて京都に行ったわけだが、私たちは岐阜在住なので在来線で京都へ行った。お昼は京都でと云うことで9時過ぎに岐阜を出て11:25頃に京都到着。京都駅から会場までは烏丸通りを真っ直ぐなので歩いて行き途中でお昼を食べることにした。京都と云えば何が良いか?等と考えつつ饂飩なんかも美味しいかも知れないなどと謂いつつ結局入ったのはステーキハウスであった。
 「すてーき屋 烏丸五条店」私たち夫婦、特に私は肉に弱い、厚切りステーキなどと書いてあればその前で涎を垂らしてゴロゴロしてしまうほど弱い。詰まり店頭のメニューに「厚切りステーキ(300g)\1480!」と書いてあったのだ。300g!お昼に食べるにはまあまあの量だ(因みに夜ワインを呑みながら、而も脂身ない肉なら私は500gは食べる)。ビールを呑みつつステーキを食べた。妻はハンバーグシチューを注文した。何方も仲々コストパフォーマンスの高い品物であった。このお店はお薦めです。

 お昼を食べた後は烏丸通りから離れないようにしながら脇道を歩いたり、烏丸通りに出たりして歩いていった。会場も近くなった辺りに天神様があり、何とそこにはあの菅原道真公御歳一つの折に浸かったという産湯の水を汲んだ井戸があった。その神社の中にお祈りした後で石を撫でて、その手で身体の悪い処を撫でると良くなると言う石があったので、私は鼻を撫でた。鼻が通りますように!
 さらに歩くと護王神社があった。和気清麻呂を祭った神社で、和気清麻呂を猪が救ったという故事に因んで猪が沢山集められている。そこまで来て境内の茶屋兼売店でお守りを買い、一寸一休みと云うことで妻はコーヒーを私はお抹茶を飲んだ。御茶屋には「護王神社の四季」と題するビデオが観られるようになっており、それを観つつ茶を飲んだ。この神社では「衣装供養」を行っているそうだ。京都の舞台関係者はその日にこの神社を訪れたりするんだろうか?
 この護王神社から京都府立府民ホール“ALTI”は目と鼻の先と行ったところであった。

 当たり前と云えば当たり前だが京都を歩いているとそこら中に神社仏閣がある。一つ一つ丁寧に縁起を見ていくだけでも途方もない時間が掛かる、好きな人には飽きることのない街だなあ。

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花粉症外伝-両鼻腔粘膜焼灼熱術始末記3

 レーザーで焼いて丁度一週間たった。
 先週の金曜日そして今日と2度病院に行って鼻の様子を見て貰い、処置をして貰った。
 やったことは、2回ともほぼ同じで鼻の中を見て鼻水、死んだ粘膜、瘡蓋をバキュームする若しくはピンセットで摘んでの除去、その後薬を塗るである。金曜日よりも今日の方が粘膜は少なく瘡蓋は多い。当然である。そして今日、右の鼻の奥から粘膜と瘡蓋を取ったら画期的に鼻が通った!左は瘡蓋がしっかり張り付いていて取れなかったので今一である。然し未だ完全に治ったと謂う訳ではないので、鼻水は出るが、一時にしろこの季節にこの鼻の通りは画期的、感動的である。傷が完治したときが大変楽しみである。我が人生に於いて初めての経験であろう爽快な鼻の通りを経験できそうだ、而も春に!

 苦労というか、痛い思いが報われるであろう期待が高まっている今日この頃である。然し二度とあんな手術はするもんか!

 今朝病院から帰ったらテレビで花粉症特集をやっていて、あんな痛い思いをしなくても良い治療方法が開発されたらしい。何と麻酔なし!で、私がレーザーで焼いた下鼻甲介の粘膜に何かの薬を塗るだけで良いらしい。手術はしたが、マスクは放さず、花粉防御眼鏡も放さず、出来る限り良い状態を引き延ばしてもっと楽で良い治療方法が開発されるのを待とうと思う。

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February 14, 2006

花粉症外伝-両鼻腔粘膜焼灼熱術始末記2

 昨日の術後、血(特に切った右の鼻茸辺りから)が仲々止まらなかったが、今朝は大分薄くなった。まだ鼻水のように時々垂れてくるが大したことはない。

 さて昨日、麻酔が切れてきてからは一寸鼻腔奥に痛みというか違和感があった。その痛みは花粉症の真っ只中、鼻を嚼みすぎて鼻腔奥の粘膜が炎症を起こしているが如くである。花粉症の方ならご存じだと思うが結構ひりひりする。然しシーズン中ずっとその思いをするよりは短い時間で済ませた方が良いに決まっている、そうなるはずだ。
 
 今朝はもう割と落ち着いていてそれ程でもない。但しうっすら血を滲ませた鼻水は結構出るし、鼻詰まり感は若干有る。然しこの程度は大したことはない。これから4・5日は大変らしい。焼き殺した粘膜が4・5日するとゼリーのような状態でズルッと落ちてくるらしい。そうなればもう安心、と云う訳ではない、一応メインは終わりだ。あとは粘膜が再生してくるのを待つばかりである。その間約3週間時々耳鼻科に行って瘡蓋を取ったりして消毒やなんかでキレイにすれば、スッキリ爽やかになる、筈だ。

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February 13, 2006

両鼻腔粘膜焼灼熱術始末記

 これが今日やった手術の正式名称らしい“両鼻腔粘膜焼灼熱術”まあそのままと云えばそのままだ。

 13:30病院耳鼻科にて受付
    体温、血圧測定、抗生剤に対するアレルギーの有る無しを
    アンケート調査。
    病院の処置服に着替え。
 13:50点滴を入れる(手術終了までそのまま)
    ここで点滴をしたまま、手術の説明を受け、承諾書にサイン
    をする。(脱いだコートの中に印鑑を入れたままにしてきたの
    で承諾書の印は拇印で済ます。然し処置服に着替えて印鑑
    を持ってくる奴はいないと思うぞ。先に説明して承諾書に印鑑
    を押させるべきだと思う。)
    鼻の中に麻酔剤を染み込ませたガーゼを詰める。
    (全く関係ないが紗幕の事をドイツでは“ガーゼ”と云う)
 14:00手術室へ入る。
    手術開始。
    麻酔は程よく効いていたようで割とスムーズに粘膜は焼かれ
    ていった。左から始め、左の手前の麻酔が良く効いた所が終
    わったら、麻酔の効きが薄い奥に麻酔を染み込ませたガーゼ
    を入れて、右の処置に移った。

    焼く粘膜は下鼻甲介という部分の腫れた粘膜でこれを焼いて
    正常な粘膜に生え変わらせるのが目的である。

    順調に行くと思われたがそうは問屋が卸さない。
    私の右の鼻の骨、下鼻甲介の骨の形が悪くレーザーの先や
    内視鏡が入らないのでよく見えない、との事。この骨を折るこ
    とになった。骨を折るのは今回の手術を担当するという大変な
    お骨折りをして頂いている、主治医から前もってご説明して頂
    いていたので、私も了解の上で折る事になった。(麻酔は鼻の
    中だけなので先生と会話は出来る−最も麻酔が効いてくると
    上顎全体に広がり、終わり頃には下顎にまで効いていた)
    この骨を折るというのが大変な骨折りだったのだ(洒落を言っ
    てる場合ではない)。私は骨粗鬆症とは無縁の人間らしく骨が
    硬い!これがもう半端でなく硬い!骨を掴んで折ろうとするの
    だが仲々折れない。麻酔が効いているので痛くはないが、骨
    を折ろうと引っ張ったり捻ったりすると顔がついていってしま
    う。仲々折れない、やっとの事で鈍いグジャと云う音共に折れ
    たというか潰れて骨の向きは変わったようだ。これで鼻の穴
    の中は拡がって手術は続けられることになった。
    そこで左にも小さなのがあったのだが、右には結構大きな
    鼻茸が見つかった。これを相談の上切る事にした。
    こうして右の手前側を終え、麻酔を奥に詰めて左の奥を処置
    する。ここで又もや骨が邪魔になる。左も同じく折る事にした。
    これも仲々折れず、状況は同じである。
    そんなこんなで手術は、途中『熱いーーー!』の私の言葉を
    時々挟みながら、最初6Wで始まったレーザーの強さも途中
    で仲々焼けないので9Wにパワーアップして進んだ。

    手術終了。看護師さんが車いすで迎えに来てくれる。生まれ
    て初めて車椅子で搬送して貰う。如何にも病人らしくて何とな
    く気分が良い。(この時は未だ麻酔が効いているし、やっと終
    わったという気持ちの方が強かった)。
    手術終了直後の主治医の一言『ああ大変だったー』

    耳鼻科の診察室に戻って切り取った鼻茸を見せて貰い簡単
    な説明を聞いて、終わり。着替えて良いという事で着替えた。

 16:05着替え終了。
    長い手術であった。約2時間かかった。
    これでお金を払って、妻に迎えに着て貰って帰宅。

 手術中の感想としては「熱い!」そして「暑い!」鼻の入り口を火傷をする場合があるらしいが、確かにレーザーの先はとても暑くなっているので触ると暑い!先生は「謎だろう?」と不思議がっていたので触ってはいなかったようだが時折無茶苦茶に暑い物が鼻の入り口にあたった。ここは麻酔が効いていないらしい、それも不思議。
 手術中は身体の上に結構色々な物が被せられている、これがとても暑い。サウナのようであった。術後車椅子で搬送される間汗が冷えて寒かった。下着はビッショリと濡れていた。
 後はまあ「焦げ臭い!」ですね。とある小学生は「天津甘栗の匂い」と行ったが私には「アセチレンガスの匂い」だと思った。因みに術後6時間経った今も少々臭い。そして若干出血も続いている。

 結構疲れた!そして仲々辛い手術であった。これだけ辛い思いをしたんだから、今年、と云わず来年も再来年も鼻の通る爽やかな日々を送りたい物である。ハッキリ言ってもう遣りたくありません!

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February 12, 2006

西遊記観劇

 本日は人形劇団むすび座の「西遊記-天竺への道」を観に来た。一応お仕事である。久し振りにこの芝居の音のバランスを確かめに来た。良ければそれで良いが、気になる所が有れば劇団担当者(沙悟浄だねこの場合は)に伝えて、修正させる。まあそれだけの仕事である。

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 然し久し振りに見た「西遊記−天竺への道−」は矢張り面白い!喩え舞台装置が倒れる様なアクシデントがあっても面白い物は面白い!みんな、これからも頑張ってもっと面白い芝居にするんだよ!

 さて私のSiteの『「西遊記〜天竺への道〜」旅の絵日記』にある沙悟浄の写真は古い物で、現在は整形手術が施され、肌の色抜きまでして下の様に変わったのでここに報告しておきます。

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上が普通の状態、下が口を開け、目も変化した所

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February 09, 2006

伊福部氏死去!

 昨夜作曲家伊福部昭氏が亡くなった。心よりご冥福をお祈りいたします。

 日本に於いて最も氏の著名な仕事と云えばまあ「ゴジラ」であろう。映画音楽の他にも氏の仕事は多いが、一番多くの人の耳に馴染んだ音楽だと思う。色々なミュージシャンなどによるトリビュート作品でも一番多く取り上げられたと思う。私の好きな作品では井上誠氏の「ゴジラ伝説」シリーズがある。とても好きな作品で「モスラの歌」はリリーズが唄っているが、ピーナッツと一寸違ってこちらも仲々面白い。そう言えば留守番電話を買ったばかりの頃留守番メッセージのバックにこの曲を使っていた。

 昔芝居をやっていた頃、私が演出した芝居の曲を書いた作曲家に「この曲って伊福部してる?」と聞いたら彼はニヤニヤしながら「分かった?好きなんだ。」と言っていた。結構ファンは多いのである。

 ゴジラばかりが彼の作品ではない舞台音楽も多く手がけているし、勿論音楽として独立した作品にも素晴らしい物が多くある。私は、ゴジラシリーズの他では三郎信康を扱った舞台の音楽が結構好きだった。

 こんなことを云うと多くの方から「違う!」と言われるだろうし、ご本人にも怒られるだろうが、何となくツェムリンスキーと似ているような気がする。曲調とか何かではなく、何となくでしかないが似ているような気がする。現代音楽へ移行する途中の結構複雑そうでメロディアスな処というか、叙情性というか、よく判らないが、そんな処が似ている気がして、共に好きな作曲家である。

合掌!

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February 07, 2006

レーザーで 焼いてみようか 鼻の奥

 前々からどうしようかな、と思ってはいたんだが今年遂にやってみることに決めた。
 花粉症というか鼻づまり対策の為のレーザー手術である。午後から出掛けてチョイとレーザーで焼いてサッと帰ってきてしまう、と云う位簡単な物らしい。本当だろうか?遣ってみるまでは判らない。

 で何時やろうか?それを決めに今日、病院に行ってきた。来週の月曜日、13日と決まった。この日を境に、レーザーに焼かれたことのない男からレーザーで焼かれた過去を持つ男へと私は進化するのである(これが進化か?焦げ臭い?)。
 今日はお日取りを決めに行っただけなのでサッと終わるのかと思ったらあに図らんや、1時間以上掛かった!日取りが決まったとなればその前にするべき事は済ませておかなければならない。まあ当たり前だが、そんなにやることがあるとは思わなかった。尿検査、胸部レントゲン、心電図、その他に耳たぶを針で突いて血が止まるまでの時間を計ったり、鼻の通りを左右それぞれにを検査したり、血液採取や血圧測定等々結構やることは多い。最もチョイと鼻の奥の粘膜を焼くだけなので遺言は書かなくて良いらしい。まあ死んだ所で大した財産がある訳でもないし、相続人も妻位しか居ないので揉めることもあるまい。死ぬ事はないと思うけど。無いはずだ、無いよね、お釈迦様!

 今日のトピックス
○レントゲン
 検査用紙を持って、放射線科に行き、窓口に提出。この窓口が放射線科の入り口廊下の右側にある。「5番の前でお待ち下さい」と云われ、廊下突き当たり左側にある5番の前で待つ。暫くして5番のドアが開き、呼ばれた。アレー、検査用紙はどうしたの?私が待っていた廊下を通らないといけない筈なんだけどなあ?中に入って壁をよく見たが私が呼ばれ、入ったドア以外に人が通れるような処はない。まあ良い、これくらいは電話でも何でも出来る。良しとしよう。然し次だ!「inuさん、お待たせしましたー。これを持って耳鼻科に戻って下さい」??????私の胸部のレントゲン写真を持った看護師さんが放射線科の受付窓口の方から来た!?誰も通ってないのに、何時私のレントゲン写真は廊下を通って対角線上最も遠い部屋へ行き現像されたのか???謎である。レントゲン写真を撮り終わった時確かに、レントゲン技師は私の胸部レントゲンの写ったフィルムが入っていると思われる大きな板状の物をレントゲン室の所定の棚に置いた。私は見たので知っている。間違いない。それが何時?此方から彼方へとテレポーテーションしたというのか?ハテ面妖な?南蛮渡来、バテレンの妖術か?将亦飛騨の影一族の忍術か?

○鼻の通りの検査
 片方の鼻の穴に栓をして、ガスマスクのような物で口と鼻を覆い、栓をしてない方の鼻だけで大きく呼吸をする。当たり前だがこれを両方の鼻で検査する。何と言うことのない検査だが、私はその時右の鼻が若干詰まり気味だった。先に検査した右鼻穴の詰まり具合は、検査をしている女性の予想の範囲を大いに逸脱していたらしく、彼女は「おかしいなあ?」と訝っていた。ちゃんと測れなかったらしい。機械の調子が悪いとも思ったらしい。ちゃんとした結果が出たような出ないような感じの儘、左側を検査した。機械は壊れていなかった。普通に働いていた。右が以上に詰まっていただけである。
 あとで医師が言うには、検査結果は一次方程式のグラフのようになるのが普通だが、私の右側の鼻穴の方程式は概ね y=0x となりX軸に纏わり付くばかりで何だかよく判らない結果となっていた。左側は y=0.05x 位でまあ何とか一応一次方程式のグラフらしくなっていた。私としては薬が効いていることもあり、左鼻の通りが大変良かったので、そうかそうか、と思ったが普通の人は y=x 位だそうで、大変鼻の通りの良い方などは何と3次方程式 y=x3乗 となっているそうである。どの位鼻の通りが良いのか死ぬまでに一度体験してみたい物である。

○血が止まるまでの時間
 耳朶を針でチョイと穴を開け、血が止まるまでの時間をストップウォッチで計る。当たり前と云えば当たり前だが、他に図る方法を私は勿論知らないし、他の計り方など思い浮かぶはずもないのでそうだろうけど、何となくこの検査は現代病院に於ける過疎地というか、狭間というか、取り残された最後の秘境というか、古めかしさのある検査であった。


さて来週はレーザー手術の顛末を報告致します。乞うご期待!

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February 05, 2006

YD-307購入

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 私如きが本来手にするべきではないのかも知れないが、買っちゃいましたYD-307

 今年1本目!然しこれを買う為というか諸事情により2本手放しました。SYD-2000とChetAtkinsSST、どちらも良い人の処に行くんだよ。可愛がって貰うんだよ。体に気をつけてな・・・・。
 ともあれ本日YD-307はやってきた。嬉しいいいいい!ほっほー、ひゃっほっほー!浮かれてます。ウェザーチェックの多い、貫禄十分の1975年製!オールドS.Yairiが6本!私も仲々のコレクターだなあー。あとは出来ればYF-201,YD-308,YD-507,YD-508が欲しい!野望だね、野望!まあ無理でしょうな、特に507・508、絶対出てこないだろうなあ。もし出てきても買えるような金額じゃないだろうなあ。夢の夢だね。でも野望は捨てまじ、貯金だね貯金。

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February 01, 2006

ギターを弾くと爪が減る!

 私は殆ど指弾きである。ピックは苦手で弾いている内にピックがクルクル回ってしまって安定せず弾きにくくて仕様がない。(一寸前に手に入れた鼈甲製のピックは指に馴染んでそんなことはないが、他のピックは譬え滑り止めが付いていても駄目である)

 そんな私はギターを弾くと爪が減る。ナイロン弦ですら爪を保護しないと辛いらしい、スティール弦なら猶更である。そこでギタリストはそれぞれ色んな方法で爪を保護していたり、抑も自前の爪など使わずに人工爪(ピック)を使ったりしている。爪の手入れとしてはオリーブオイルでマッサージしたりするらしいが、その方法について私は全く知らない。私の知り合いのギタリストは、ナイロン弦しか弾かないと思うが爪の甲にアロンアルファを塗っていると曾ては言っていた。クラシック系のギタリストには結構居るとのことであった。

 私も最初はそうしていた。上手く塗れないで爪の表面は何時もザラザラしていたし、ザラつきの間に入り込んだ汚れが取れず何時も汚い爪をしていた。而もこの方法では爪は矢張り減るのである。アロンアルファを塗った分丈夫になってはいるが、爪は確実に減るのである。何となれば弦を弾くのは爪の甲ではなくて、爪の内側だからである。考えてみればごく当たり前だのクラッカー(古い!)なのであった。
 そこで私は考えた。爪の内側に塗ってはどうか?やっても見た。アロンアルファを爪の内側に流し込み乾いた所で爪ヤスリで削った。アロンアルファは、一度流し込んだだけでは乾くと薄くなってしまいちゃんと爪が保護できるのかどうか判らない。そこで乾くとその上から又流し込む、と云うことを繰り返してアロンアルファが盛り上がる位まで塗り固めた。そしてそれが乾いたら爪ヤスリで削って、磨きを掛け、爪の内側に樹脂製のピックを装着したのである。これが仲々良い!爪が丈夫になるばかりでなく、アロンアルファを固めた樹脂は頑丈で仲々磨り減らない。当然爪の内側にあるので弦を弾いているのはアロンアルファピックである。こうして爪が磨り減り、薄くなって割れたり、掛けたり、歪な形になることが無くなった。
 アロンアルファピックは、利き腕の方に付けているので指先をぶつけてときたま剥がれるが爪を割ることは全くないと謂っても良い位で、アロンアルファピックだけがキレイに剥がれる。取れたら又流し込んでピックを形成すれば良い。

 この方法の欠点は、ピックを形成するのに結構時間が掛かることとシッカリと完全にアロンアルファが乾く前に皮膚とアロンアルファを剥がそうとすると皮膚に亀裂が入る場合があることである。
 前者の問題については、ギターを弾くまでに時間が大分ある時を選ぶなどしている。又後者の問題についてはひたすら待つしかない。完璧に乾けば簡単に剥がれるのでノンビリ待つ方が良い。まあ最後に塗ってから1時間位のことである。

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